ホビーは1950年の創業以来、ロングボードの歴史そのものを体現しています。

History

Hobie Alter. He started out shaping surfboards,
he ended up shaping a culture.

Hobie Alter

これはある男のイマジネーションの世界から発したストーリーである。
1950年の夏休みのある日、若き日のHOBART、Hobie Alterはとんでもないことを思いついた。
それは彼の愛する木(WOOD)と海(SEA)を使って1つの物を作ろうということである。
そのとき、近代サーフィンの歴史がそこカルフォルニア、ラグーナビーチの彼の家のガレージから始まったと言ってもいいだろう。

1950バルサ材を運ぶホビー・アルター

Hobieは9feetの美しいバルサボードを友人の為に作ることから始めた。
そのボードはスムーズなライディングが可能になると非常に評判ががよく、それからホビー(HOBIE)のホビー(HOBBY:趣味)はビジネスとして成り立つようになっていった。
そして、彼の「革靴を履かず、海、カルフォルニアのパシ フィックコーストハイウエイの近くで仕事がしたい」という夢が実現。2年間で40tものバルサのシェイプのカスを残し、1953年念願のショップをダナポイントにオープンした。
これがサウスカルフォルニアで最初のショップである。

19541654 HOBIE STORE in Dana Point

1958年、ホビーと相棒であったゴードンクラークは世界ではじめてフォームとファイバークロスを使ったボードをこの世に生み出した。
この後、ホビーはサーフボードメーカーに、ゴードン・クラークはクラーク・フォーム社を立ち上げるに至る。(このクラーク・フォーム社はこの後2005年12月まで47年にもわたり市場を独占するという伝説を残すことになる。)
フォームボードは軽く、速く、自らのレス ポンスを実感できるものであった。
その為、フォームボードの需要は急騰、そして全米のサーファーの間でホビーサーフボードは大ブレイクする。
当時のホビーサーフチームには現在レジェンドと呼ばれる多くのライダーが在籍していた。
ジョイ・キャベル、コーキーキャロル、ゲイリープロパー、ピーターパン、ミッキームニョス、ジョイスホフマン、ヤンシースペーサー、そして、フィルエドワーズなど。そうそうたるメンバーによりさまざまな記録が残されている。

フィル・エドワーズフィル・エドワーズ

1963年、世界初のシグネチャーモデルである、フィル・エドワーズ(現 HOBIE CLASSIC)シグネチャーモデルの第一号を発表。
その後も確かなシエイプ技術と品質へのこだわりがホビーサーフボードの魅力であり、今もなお受け継がれ多くのファンを引き付けている。

1950

board_50_1

サーフボードに使う質のいいバルサウッドがなかった為多くのシェイパーは材料不足に悩んでいた。
第2次世界大戦中、軍艦の救命いかだはバルサを接着して作られていた。
ホビーとその友人は海軍のドッグに捨てられた多くの救命いかだを見つけそれを譲ってもらうことに成功。彼らはそれをバラバラに崩し、5〜6FEETのセクションに接着し直した。
サーフボードを作るためにである。
このボードにはさまざまな長さのバルサを1つに接着した手間と技術が見てとれる。リサイクル"の原点だ。写真「左:1950 Balsa 9'0"」「中:1954 PADDLE 11'11」「右:1955 BalsaBoard 10'0」

board_50_2

このボードはバルサボードの初期のものである。
バルサのボードはいくつか削られたが、木特有の腐敗によりほとんど完璧な状態で残っているものが無い。そんな中でも当時のままに残っている6本中の1本が今もHOBIESHOPに保管されている。写真「左:1959 Pat Curren gun 10'3"」「右:1955 Lift Raft 10'0"」

1960

board_60_1

このボードはマイクヒンソンとロバートオーガストが永遠の夏とパーフェクトウエイブを求めて世界を旅するブルースブラウンの名作"ENDRESS SUMMER"この映画に先駆けてデザインされたとてもユニークなモデルである。
その時代、10'00のボードを持ち運ぶのにロッキード社の飛行機は小さすぎた。しかし平凡で大きな波にはそのサイズは必要である。そこで、ホビーはマルチピースボードを考えだした。それは見た目は普通のボードと変わりないがパズルのように2〜3のセクションに分かれ、ボルトでそれらを繋げるというものであった。
こうすることでスーツケースにも収まり飛行機でのトリップも夢ではなくなったのだ。
しかしその頃にはロッキードから新しいタイプの飛行機が出たために10'00のボードもそのままカーゴに乗ることができるようになり、このボードは実際の映画のなかで使われることはなかったが、
しかし、マイク・ヒンソンはエンドレスサマーでHOBIEの9'6"とともに旅をしている。写真「左:1962 Pat curren elephant gun 11'2"」「右:1963"Suitcase"EndlessSummerboard 10'0"」

board_60_2

写真左から「1964 Phil Edwards BALSA 9'6"」「1965 TANDEM 11'6"」「1965 Corky Carrol 9'8"」「1966 Gary Propper 10'2"」「1967 Joyce Hoffman 9'4"」

board_60_3

このボードはホビー本人がシェイプしたボードの中でも最も難しい技術を必要としたボードである。様々なフォームとストリンガーを組み合わせるのに非常に苦労した。

ホビー本人は「このボードは試験的に造ったけどとても難しいから数本しか作らなかったよ」これはそのうちの1本である。このボードを見ればいかにホビーが革新的なシェイパーであったかが実感できるだろう。写真「1966 Multi Curved Stringer 9'6"」

  • ico_pankuzu
  • ホビーの歴史